わたしと明日のおしゃれなカンケイ
わたしと明日のおしゃれなカンケイ
読者になる

わたしと明日のおしゃれなカンケイ

スタイリスト&エッセイストの中村のんの日々、印象に残った出来事。

この広告は、90日以上更新していないブログに表示しています。

2020-12-27

2020原宿百景

4月にアップしたのを最後に気がつけば8カ月以上もブログを放置しっぱなしでした。

2020年は世界中にとって歴史に刻まれる年となりましたが、今年の総括として、私がこの一年に間に見てきた原宿の姿を記録しておこうと思います。

 

2020年1月、年明けすぐにオリンピック開催後に取り壊されることになった原宿駅舎に写真を撮りに行ったことは前回のブログにも書きました。

このときはまだ利用されていた駅は明治神宮参拝の人たちでにぎわっていて、別れを惜しみながら写真を撮っている人もたくさんいました。

f:id:nakamuranon:20200401151448j:plain

二十代からの友達、ジェーン・マープルのデザイナー、村野めぐみさんと。撮影は娘。

4月になって緊急事態宣言が発令されると、原宿のランドマーク、ラフォーレ原宿や表参道ヒルズのみならず、個人のショップもクローズし、原宿から人が消えました。

 

5月7日、仕事で表参道にどうしても行かなきゃならない用事ができたついでに、原宿の様子を見ておこうと思いました。

f:id:nakamuranon:20201227140421j:plain

既に新駅舎が建ち、旧駅舎のシャッターは閉められていました。

f:id:nakamuranon:20201227140612j:plain

建ったばかりの新駅舎にも人の姿はほとんどありませんでした。

駅前に4月にオープンする予定だったWITH HARAJUKU。4月に行われる式典に関して、私も少しお手伝いさせていただいていましたが、式典は中止となりました。

本来だったら、GWは人でごったがえしていたはずのこのビルの正面に入っているUNIQLOもIKEAももちろんクローズしたままでした。

f:id:nakamuranon:20201227141049j:plain

 

私は写真集『70’HARAJUKU』とエッセイ集『70s 原宿 原風景』を作ったので、たくさんの人と昔の原宿について語り合ってきましたが、誰もが「70年代の竹下通りは閑散としたものだった」と言います。70年代から原宿で遊んできた私ももちろん人通りの少なかった竹下通りをよく知っています。

けれど、この日の竹下通りは、70年代と比べても、こんなに寂しい竹下通りは初めて見た、といった感じでした。

f:id:nakamuranon:20201227141751j:plain

f:id:nakamuranon:20201227141827j:plain

f:id:nakamuranon:20201227142019j:plain

人の姿が消えると、建物の姿が目について、70年代当時、民家だった建物がそのままお店として使われているところがけっこうあるんだなーと思いました。


竹下通りから明治通りを横切ってキャットストリートにも行ってみました。

「キャットストリート」なんて呼ばれる前の、みんなが単に「遊歩道」と言っていた頃のこの道は、アシスタント時代の私が仕事場(師匠・高橋靖子さんの自宅)に出勤する道でしたが、その頃を思い出す雰囲気でした。

f:id:nakamuranon:20201227142713j:plain

f:id:nakamuranon:20201227142749j:plain

私が昨年5月に『70原宿 原風景』を出版した際に出版記念のサイン会を行ったBOOK MARCもシャッターを閉めていて、こんなに素敵な青空のようなシャッターだったんだと、初めて見るその姿にちょっと感動しました。

 

いつもなら、平日でも、どんな時間帯でも、中国人観光客で賑わっている表参道は遠くまで見通すことのできる様子でした。

 

f:id:nakamuranon:20201227143407j:plain

 

f:id:nakamuranon:20201227143609j:plain

f:id:nakamuranon:20201227143703j:plain

人が消え、お店の閉まったた表参道で、5月の青空にケヤキ並木が美しく映えていました。やっぱり表参道の一番の魅力はこの並木なんだよなーと大きく深呼吸しました。

この日から約半年経った10月。教えてる大学の学生たちを引率して、原宿で撮影の講義を行いました。

60年代から神宮前交差点にあったビル「オリンピアアネックス」は、いつの間にか取り壊されていて、交差点には見たことのない青空が広がっていました。

f:id:nakamuranon:20201227144340j:plain

こんな背景の写真を撮れるのもつかの間です。そのうち、あっという間に大きなビルが建つことでしょう。

f:id:nakamuranon:20201227144635j:plain

かつてあったオリンピアアネックス。「かつて」と書くのが寂しい。

学生たちと一緒に裏道も散策しました。
予想以上に空き家になった物件、シャッターが閉まったままのショップ、建物が取り壊され、前とは違う風景になってしまったところが多く、今年になってお店を経営する人たちがどんなに大変だったかを想像すると、心が痛みました。

f:id:nakamuranon:20201227145032j:plain

渋谷寄りの明治通りから入ったところ。

f:id:nakamuranon:20201227145153j:plain

撮影する分には絵になる風景だったけど、ここにあったのは馴染みの店だったので寂しい気持ちになりました。

f:id:nakamuranon:20201227145302j:plain

ここも広いショップだったけど、シャッターは降りたまま。

f:id:nakamuranon:20201227145349j:plain

明治通り沿いのお店。

今年の原宿は前代未聞の様子となりましたが、実は、今年は明治神宮鎮座100年の年でした。

 

11月1日夜、友人たちと明治神宮鎮座百年祭奉祝に行きました。

f:id:nakamuranon:20201227145730j:plain

f:id:nakamuranon:20201227145756j:plain

神宮全体がライトアップされてて、とても美しくてうっとりしました。

f:id:nakamuranon:20201227145923j:plain

映画「未知との遭遇」のUFOに乗り込むシーンを思い出すような写真になりました。

明治神宮は、百年前の人々が百年後を想定して植樹した奇跡の人口の森です。

今年は世界中が思いもよらない災難に見舞われましたが、平和について、地球の環境について、未来について、暮らし方について、これほど世界中の人々が一体となって考えた年は未だかつてなかったのではないでしょうか。

100年後の2120年、地球は、日本は、私たちの暮らす街は、どのようになっているのでしょう。

おごそかな鎮守の森を見上げながら、それは今の私たち、一人一人の意識と行動にかかっていると考えました。

f:id:nakamuranon:20201227150702j:plain

 

今年作られた「原宿表参道百年祭」のサイトで、わたくし中村のんも「MEMORIES  百人の百年の思い出」のコーナーに、コメントさせていただいています。

harajuku-omotesando-100th.com

No.013

中村 のん

スタイリスト/エッセイスト

中村 のん

原宿が大好きすぎて、思い出がありすぎて、2015年に写真集『70‘HARAJUKU』を、2019年にはエッセイ集『70s 原宿 原風景』を作りました。2020年の今年は明治神宮の鎮座100年だそうですが、私の人生おいては、1970年に原宿デビューしてから50年目にあたる年です。また、今年は大正時代からあった木造の原宿駅舎が引退し、思いがけぬウイルスの影響から、街は私が知る限りもっとも静かな様子になりました。人が消えた表参道を散歩しながら、原宿にとっての今年は、次に向かうためにいったん眠りにつく、ひとつの節目の年のように思えました。私にとってそうであるように、これからの若い人たちにとっても、原宿が永遠に、かけがえのない思い出をたくさん残せる街であることを願ってやみません。

 

原宿表参道百年祭|HARAJUKU OMOTESANDO 100TH ANNIVERSARY

  • PROJECT
  • PROGRAM
  • MEMORIEs
  • MAP
  • CONTACONE HUNDRMEMORIE百人の百年の思い出

 

 

原宿表参道百年祭|HARAJUKU OMOTESANDO 100TH ANNIVERSARY

  • PROJECT
  • PROGRAM
  • MEMORIEs
  • MAP
  • CONTACTOONE HUNDREDM2019 ©愛する人たち、愛する街が、明るくなれる来年でありますように。

nakamuranon 2020-12-27 15:12 読者になる

この記事をはてなブックマークに追加
広告を非表示にする
  • もっと読む
コメントを書く
2020-04-01

諸行無常の春2020

2月16日、神宮前交差点そばにあったコロンバンが、1967年に開店してからの53年間の営業に幕を閉じた。

f:id:nakamuranon:20200401145644j:plain

中学生の頃から「ここにあるのが当たり前」の老舗の店だった。

f:id:nakamuranon:20200401145850j:plain

初めて見たときからまったく変わらない外観。

f:id:nakamuranon:20200401150037j:plain

学生時代の私にとって、外国の街を歩いているような気分にさせてくれる店構えだった。

コロンバンがなくなることは前々から聞いていたので、昨年の秋、師匠である「表参道のヤッコさん」こと、スタイリスト第一号の高橋靖子さんと一緒に記念写真を撮った。

ヤッコさんとしょっちゅう行ってたのは、70年代、私がヤッコさんのアシスタントをしている頃だった。

f:id:nakamuranon:20200401150309j:plain

私もヤッコさんも変わったけど、コロンバンは変わっていなかった。

ケーキ屋さんだけど、昔は、店内での喫煙がOKだった。

ヤッコさんがお店の人にお願いして譲ってもらった灰皿を、私もヤッコさんからひとつもらった。

f:id:nakamuranon:20200401150654j:plain

今でも大事にとってあるコロンバンの灰皿。

 

3月21日にJR原宿の新しい駅がオープンした。ガラス張りの四角い箱みたいな建物だ。

 

今年の1月、70年代からの友達、ジェーン・マープルのデザイナー、村野めぐみさんと一緒に原宿駅舎の前で記念写真を撮ることにした。

娘が撮ってくれた写真。

f:id:nakamuranon:20200401151448j:plain

村野めぐみさんは、高校生のときに、原宿のフランセで、次にゴローズでバイトして、桑沢デザイン研究所を卒業したあとは、原宿のMILKにデザイナーとして就職。

ジェーン・マープルを立ち上げてからずっと、ラフォーレ原宿の中にショップを構える生粋の原宿っ子。

二人で原宿に立つと、思い出話がつきない。

f:id:nakamuranon:20200401152052j:plain

お父さんに連れられた6歳くらいの男の子が「この駅、なくなっちゃうの?可愛いのにもったいないね」と言っている声が聞こえてきた。

f:id:nakamuranon:20200401152120j:plain

1924年(大正13年)から使われてきた、都内最古の木造駅舎

東京大空襲も逃れて生き延びてきた駅舎が、自分が生きている間になくなるとは思ってもみなかった。

f:id:nakamuranon:20200401152804j:plain

外国の絵本に出てくるような屋根が大好きだった。

2016年に東京新聞の取材を受け、残してほしいと訴えた。

f:id:nakamuranon:20200401153010j:plain

 

3月24日、神宮前交差点のオリンピアアネックスの地下に1983年からあった古着屋さん「シカゴ」本店が、37年間の営業の幕を閉じた。

この店のネオンも「ここにあるのが当たり前」だった。

f:id:nakamuranon:20200401153656j:plain

f:id:nakamuranon:20200401153753j:plain

原風景としてきた「私の好きな原宿」にワープさせてくれる入り口の雰囲気だった。

f:id:nakamuranon:20200401154042j:plain

衣装集めでも、いっぱいお世話になってきた。

原宿の都市開発に伴って、シカゴが入っていたオリンピアアネックスのビルが解体されるのも、時間の問題だ。

東急プラザ表参道原宿の屋上から見えるこの風景は、あと少しで違う風景になってしまう。

f:id:nakamuranon:20200401160424j:plain

f:id:nakamuranon:20200401160518j:plain

「ここにあるのが当たり前」だったビル

f:id:nakamuranon:20200401160638j:plain

ビルの中は、今はもぬけの殻

 

新型コロナウィルスの影響で、3月になってから、原宿を歩く人の数はぐっと減った。

でもそれは原宿に限ったことではない。人であふれていた街は、どこも変わってしまった。テレビの中にいるのが当たり前だった志村けんさんも突然いなくなってしまった。

3月の頭に予定されていたイラストレーターの和田誠さんを偲ぶ会は、新型コロナウイルスの影響でなくなった。

3月13日、和田さんの奥さんの平野レミさんと一緒に、代々木上原~代々木公園の横を通って、原宿駅を眺めながら、青山の骨董通りまでお散歩した。

和田さんと青山に暮らしていたときの新婚時代の思い出話を聞きながら。

 

その数日後、男友達が、和田誠さんの画集『山手線一周 1995』を送ってくれた。

和田さんの手にかかると、可愛らしい駅舎が、より一層あたたかさを増す。

f:id:nakamuranon:20200401155253j:plain

「この駅は昔から変わらないね。」と、和田さんの言葉が。

和田さん、それがね、変わっちゃったんですよ、と本に向かって話しかけた。

 

JRは、東京オリンピックが終わったら、この駅舎を解体し、耐火建材を使ってできるだけ忠実に再現すると発表した。

でもね、「木造」でなくちゃ、この雰囲気はありえないんですよと言いたい。

オリンピックは、一年後の2021年開催に延期と発表された。

てことは、木造駅舎の解体も、一年後に延期となるのか、とても気になる。。。。

世の中が今、それどころじゃないことをわかりつつも。

 

今日、4月1日はエイプリルフール。

3か月振りに書いたブログ。ここに書いたことが全部、嘘だったらいいのに。。。

 

去年の5月に出版した拙著『70s原宿 原風景』(DU BOOKS)に45人の人々が書いてくださったエッセイが、ますます貴重なものになってくる。

f:id:nakamuranon:20191228140407p:plain

 

nakamuranon 2020-04-01 16:10 読者になる

この記事をはてなブックマークに追加
広告を非表示にする
  • もっと読む
コメントを書く
2019-12-28

トウキョウ・ロック・ビギニングス「はっぴいえんど」

12月21日(土)夜9時~、WOWOW『ノンフィクションW TOKYO ROCK BEGINNINGS -日本語のロックが始まる「はっぴいえんど」前夜-』が放映されました。

f:id:nakamuranon:20191228115723j:plain


「日本語のロック」はどうやって生まれてきたのか。
その秘密の鍵は1960年代後半にある。
とするこの番組は、2016年12月に出版された君塚太さんの本『TOKYO ROCK BEGINNINGS』(河出書房新社)を元に、当時の音楽に精通する映画監督・堤幸彦さんと俳優・佐野史郎さんがタッグを組み、伝説のミュージシャンや関係者を半年にわたって取材して作られました。
 

f:id:nakamuranon:20191228120335j:plain

君塚太著『TOKYO ROCK BEGINNINGS』カバー
佐野史郎さんを案内人として、現在の松本隆さん、鈴木茂さん、林立夫さん、小坂忠さん、小原礼さん、高橋幸宏さんといった今も活躍なさっているミュージシャンたち、
そして、野上眞宏さん、伊藤剛光さん、片岡義朗さん、高叡華さん、シー・ユー・チェンさん、高橋信之さん、柳田優さん等、はっぴいえんどの結成前からを知る人々が貴重な証言をされました。
 
インタビューの内容は、このブログでは割愛するとして、番組の宣伝に
『番組のラストに、映像がほどんど存在しない「はっぴいえんど」のライブを、堤幸彦演出で完全再現!』
と記されたこの完全再現のライブ映像について書き残しておきたいと思います。
なぜなら、この撮影の「はっぴいえんど再現衣装」のスタイリストを私が担当させていただいたからです。
 
1970年4月12日、文京公会堂で行われたライブに「ヴァレンタイン・ブルー」の名前で出演した細野晴臣、松本隆、大瀧詠一、鈴木茂の四人でしたが、このステージの途中で大瀧詠一が「今日から僕たち、はっぴいえんどです」と宣言。
このはっぴいえんどの始まりのシーンを中学生にして観ていたという佐野史郎さんが監修する形で、今年の9月10日、再現ライブの撮影は、世田谷区民会館ホールで行われました。

f:id:nakamuranon:20191228124440j:plain

野上眞宏さん撮影
 

堤さんからスタイリストの依頼を受けた瞬間、コアな「はっぴいえんどマニア」の友人たちの顔が目に浮かび、はたして、50年前の服を、タイトなスケジュールの中でどこまで再現できるかとドキドキしました。

再現の元となる映像も写真も残っておらず、当人のメンバーたちもこのとき何を着ていたか覚えていないとのこと。参考にしたのはもちろん、野上眞宏さんが撮影された当時の写真でした。

デニム類は古着やを回れば、なんとかなるかな、とも思いましたが、困ったのは、鈴木茂さんのこのタンクトップ。堤監督からの「茂さんのこのタンクトップだけはどうしても欲しい」というオーダーに、頭を抱えました。見つかりっこないもん(笑)

f:id:nakamuranon:20191228124700j:plain

野上眞宏さん撮影の70年代の鈴木茂さん

 

 モノクロ写真しかないので色の検討もつかず、ここは友達だから!ということで、野上さんにお願いしてロゴのアップの画像を送っていただき、電話でお聞きしたところ、「生地はエンジ、ロゴは白だった。僕の記憶に間違いはない」ときっぱり。そこはやっぱり、ものをよく見ているカメラマンの記憶力。助かりました。

f:id:nakamuranon:20191228125756j:plain

野上さんが送ってくださったロゴのアップ

知り合いのグラフィックデザイナーにフォントを再現してもらい、テキスタイルデザイナーのシミズダニヤスノブさんに、写真をじっくり見てもらって、70年代当時のプリント製法で作ってもらったのがこのタンクトップです。
ちなみにジーパンやダンガリーシャツ等も、原宿の古着屋さんベルベルジンの藤原さんにアドバイスをいただいて、メーカーやモデル等もできる限り忠実に再現しました。
 

f:id:nakamuranon:20191228130450j:plain

2,019年9月10日 野上眞宏さん撮影

衣装を抱えて撮影現場の世田谷区民会館に着いたら、野上眞宏さんをはじめ、横浜赤レンガ倉庫での「70’sバイブレーション」を企画された(私もトークショーに出演させていただきました)山中聡さん、ナイアガラエンタープライズの坂口さん等々、知り合いたちが何人もいらしてて、嬉しいと同時に、はっぴいえんどに詳しい面々なので、衣装についてのご意見にドキドキしました。

f:id:nakamuranon:20191229114625j:plain

野上さんはずっとをカメラを構えてらっしゃいました。




が、みなさん、「すごい!」と言ってくださって、とくに、タンクトップにこだわられた(笑)堤幸彦さんが大喜びしてくださって、ほっとしました。
そして、鈴木茂さんと親しい山中さんからの話で、茂さんが世田谷区奥沢出身だったことが判明。「OKUSAWA」の意味が不明で、おそらく奥沢中学のバスケ部の当時のユニフォームと思っていましたが、なるほど!後日、この映像を見られた鈴木茂さんが喜んでらしたと聞いて、嬉しかったです。

f:id:nakamuranon:20191229114929j:plain

私が現場で着ていたのは、野上さんの写真展で買った「はっぴいえんど」の写真がプリントされたTシャツ



はっぴいえんどに扮したのはプロのミュージシャンたち、世代は若いけど、全員、はっぴいえんどの大ファンで、相当なレベルで曲を再現できる人たちが選ばれました。
収録された曲は『12月の雨の日』『春よ来い』の2曲でしたが、朝から晩まで何十回もテイクを重ね、佐野史郎さんの「はっぴいえんどの場合、そこは…」等々のチェックが、言葉はソフトながらも厳しくて(笑)佐野さんの「はっぴいえんど愛」がストレートに伝わってきました。
 
楽器や機材も当時使われていたものを出来る限り集めたそうです。

f:id:nakamuranon:20191228132343j:plain

写真:野上眞宏

f:id:nakamuranon:20191228132429j:plain

写真:野上眞宏

f:id:nakamuranon:20191228132506j:plain

写真:野上眞宏

ここに貼った写真は、野上眞宏さんがフェイスブックのアルバムに投稿されていたものを使わせていただきましたが、「はっぴいえんどを撮ってるつもりで撮ってた」と言う野上さんの写真はさすがです!

f:id:nakamuranon:20191228133459j:plain

撮影・野上眞宏
今回のこのお仕事は、深い思いをもってやらせていただきました。
 
この写真は、2011年4月に松本隆さんと一緒に、今はなき、青山円形劇場のクミコさんのライブに行ったときのものです。終演後、ロビーにいた松本さんのところにこのアルバムをもって一人の男性がやってきました。「サインをお願いします!」
松本さんのサインだけが欠けたアルバムでした。松本さんがサインをして全員のがそろったところで、私はすかさずこの1枚の写真を撮りました。
「これは貴重」と私が言ったら、「僕も持ってない。僕も欲しいくらい(笑)」と松本さんが仰ったことも忘れられません。
この四人のイラストの元となった写真も野上眞宏さんが撮影されています。

f:id:nakamuranon:20191228134127j:plain

2011年4月 中村のん撮影
 そして、この日から2年半後の2013年、大瀧詠一さんが突然この世を去られ、このアルバムもこの写真もさらに貴重なものとなりました。
もうすぐ大瀧詠一さんの命日、12月30日がやってきます。
今回の再現ライブでやった曲『12月の雨の日』は、松本隆さん作詞、大瀧詠一さん作曲です。この曲を聴くと、大瀧さんの突然の訃報にファンのみならず、日本中の音楽を愛する人たちがショックと悲しみに包まれたことを思い出します。

f:id:nakamuranon:20191228140437j:plain

大瀧詠一さんが愛用されていたこの帽子も今回の映像で再現しました。
 
青春時代に出会って、自分に多くの刺激と喜び、そしてその後の成長に影響を与えてくれたものを語り継いでゆきたい、堤幸彦監督の思いに熱く共感しながらさせていただいた今回のお仕事に感謝します。
そして、撮影現場で出会った人たちも皆、その思いをもつ人ばかりだったことも仕事を超えたうれしさでした。

f:id:nakamuranon:20191228135748j:plain

ダンディで素敵な堤幸彦監督。野上眞宏さん撮影。

いつか、堤監督には、「ボヘミアン・ラプソディ」みたいな、はっぴいえんどの映画を作っていただきたいです!

 

最後に。今年、5月に私の編・著で出版した『70s原宿 原風景』(DU BOOKS)では、野上眞宏さんが、「セントラルアパート702号室とはっぴいえんど」というタイトルで、はっぴいえんどと共に過ごした青春の思い出を書いてくださっています。

f:id:nakamuranon:20191228140407p:plain

 
 念願の本の出版と、今年最後には、はっぴいえんどに関するお仕事と、大好きな時代、70年代と寄り添いながら過ぎていった2019年でした。
来年も、私に感動を与えてくれたものやことを語り継いでゆく役目ができることを祈りつつ、今年出会った方たちに感謝を送りたいと思います。
                       2019年12月28日  中村のん
                       
★ 尚、この番組は、 1/2(木)午後4:00に再放送があるようです!
ノンフィクションW TOKYO ROCK BEGINNINGS 
-日本語のロックが始まる「はっぴいえんど」前夜-
https://www.wowow.co.jp/detail/115148
 

nakamuranon 2019-12-28 14:10 読者になる

この記事をはてなブックマークに追加
広告を非表示にする
  • もっと読む
コメントを書く
2019-11-14

茅ヶ崎で過ごした幸せな二日間

アート 旅 ニュース

11月9日、茅ヶ崎の「クリエイティブスペース・ハヤシ」で行われた「秋日の読書散歩2019」のゲストとして呼んでいただきました。

 

f:id:nakamuranon:20191114232155j:plain

茅ヶ崎駅まで迎えにきてくれた車(初めての電気自動車)が私のこの日の服とピッタリな色で、気持ちが上がりました!

f:id:nakamuranon:20191114215155j:plain

おまけに、この日の茅ヶ崎の海と空の色とも同じだったし。

f:id:nakamuranon:20191114215338j:plain

「読書散歩」というテーマなので、私が出版した2冊の本『70’HARAJUKU』(小学館)と『70s原宿 原風景』(DU BOOKS)をテーマとしたトークをすることになっていましたが、茅ヶ崎で70年代の原宿に興味をもって集まってくれる方たちがどのくらいいるのかしら?と正直不安でした。

ところがたくさんの方が集まってくださって、終わってから口々に「懐かしかった」「色々思い出した」「楽しかった」と言ってくださって嬉しかった。

f:id:nakamuranon:20191114220004j:plain

f:id:nakamuranon:20191114220044j:plain

ギャラリーのオーナー・林美砂さん(左上)、このトークショーを企画してくださった編集者の尾崎靖さん(右上

私が作った写真集『70'HARAJUKU』の中には、パシフィックホテルのパシフィックパークで横木安良夫さんが撮影された写真も入っています。なんで原宿の写真集に茅ヶ崎?という人もいるけど、70年代は第一次サーフィンブームだったこともあり、原宿で遊んでた若者たちにとって、原宿と茅ヶ崎は地続きだったのです。

茅ヶ崎で生まれ育ったギャラリーのオーナー美砂さんにとって、今はなきパシフィックパークは原風景であり、聖地のような場所だそうです。

f:id:nakamuranon:20191114223855j:plain

横木安良夫さん撮影のパシフィックパークにいる女の子

 この日の夜は、美砂さんが、小津安二郎が常宿としていたことで有名な「茅ヶ崎館」を予約しておいてくれたので、前々からとても楽しみにしていました。泊まるだけでなく、行くのも初めてなので。

f:id:nakamuranon:20191114220524j:plain一歩足を踏み入れた途端、古き良き時代がそのままに残されたお部屋のあちこちに感激して、写真を撮りまくってしまいました。

その中のほんの一部だけ貼り付けます。

f:id:nakamuranon:20191114222133j:plain

私が泊まったお部屋は、まさに小津監督が脚本を執筆するときに何か月も泊まられたお部屋だとお聞きして、とても光栄な気持ちになりました。、とても光栄な気持ちになりました。

 

f:id:nakamuranon:20191114221057j:plain

f:id:nakamuranon:20191114221753j:plain

旅館の玄関には、でっかい木の昔のサーフボードが飾ってあります。

 

 朝起きて、庭から道路に降りてまっすぐ海に向かいました。

湘南に住んでいる人にとっては当たり前の朝も、海から遠く離れたところから来た者のとっては贅沢な朝です。

f:id:nakamuranon:20191114222714j:plain

朝風呂に入って、海をお散歩したあとの朝ごはんは格別の美味しさでした。

f:id:nakamuranon:20191114230656j:plain

 

 私のトークの次、10日は写真家のハービー山口さんのトークの日でした。

ハービーさんとお会いするのは久しぶり。

早く着いたハービーさんと美砂さんのご自宅のお庭でまったり日向ぼっこをしました。

f:id:nakamuranon:20191114224504j:plain

「被写体の幸せを祈りながらシャッターを切る!」というハービーさんのトークはいつ聴いても、あったかくて面白くて、当然ながらこの日も大盛況でした!

 

トークが終わってから、客席にいた素敵な二人ずれの若い男性と話しているうちに、あ、そうだ!と思って、「ハービーさん、撮って!」と二人を引っ張って(笑)ゆきました。会話もしないですぐにカメラを手にしたハービーさん。

f:id:nakamuranon:20191114225716j:plain

そこに美砂さんのお嬢さんの18歳の類ちゃんがやってきたので、抜群のスタイルの類ちゃんにも「入って」と声をかけるとテレもせずにすっとそこに立った類ちゃんに、モデルの素質あり!と思いました。トークショーに参加されてたミュージシャンの持永さんも加えて即興の撮影会が始まりました。

f:id:nakamuranon:20191114225916j:plain

f:id:nakamuranon:20191114232538j:plain

ジョー・ストラマーやボーイ・ジョージをはじめ、ハービーさんがなぜあんなに自然で素敵なスナップを一瞬の出会いのうちに撮れるのか、その理由を垣間見たような気持ちになりました。

 

みんなで夕焼けの海を見に行きました。

f:id:nakamuranon:20191114230320j:plain

私、ハービーさん、持永さん、ギリギリの夕焼けをバックに。

家の事情も色々あって、旅をすることがなかなかできない状態の今の私ですが、

今回いただいた茅ヶ崎でのお仕事で、たったの二日間とは思えない、濃く充実した、そして茅ヶ崎の光と風を浴びながら、ゆったりとした時間を過ごすことができました。

茅ヶ崎に呼んでくださった林美砂さん、企画してくださった尾崎靖さん、そして、一緒に過ごしてくださった皆さんに素直に、感謝しながら帰途につきました。

またゆっくり行きたいです。茅ヶ崎。

nakamuranon 2019-11-14 23:13 読者になる

この記事をはてなブックマークに追加
広告を非表示にする
  • もっと読む
コメントを書く
2019-08-17

色とりどりの食卓と誰もいない海

ニュース インテリア グルメ 友達

夏休みらしい一日を友人たちと過ごしました。

お盆シーズンなので交通渋滞を心配してたけど、予想外の1時間で着いた海の側の友達の家。

入った途端、リゾート気分!

f:id:nakamuranon:20190817122534j:plain

ハワイアンな雰囲気だけど涼し気でもあるテーブルセッティング

f:id:nakamuranon:20190817122733j:plain

ウエルカムフラワーは南国の花

80年代、右肩上がりの時代にボディコンシャスの代表的ブランド、ピンキー&ダイアンのデザイナーとして活躍していた矢野よしみさんは、その後、パリに移住、そして23年間、ニューヨークに暮らし、震災前に日本に帰ってきて、今は、海の側で、健康的な独身ライフを送っていますが、ファッションの世界や海外生活で培ってきたセンスが、お料理にもたっぷり。

f:id:nakamuranon:20190817123348j:plain

明るくヘルシーな彩りの盛り付け

f:id:nakamuranon:20190817123514j:plain

f:id:nakamuranon:20190817123826j:plain

モノトーンの縞々のパスタを使ったミートソースは、まさによしみさんのセンス!

f:id:nakamuranon:20190817123953j:plain

お部屋のインテリアは白い家具を使ったモノトーン調なのです

f:id:nakamuranon:20190817124118j:plain

私が前の日に作って持って行ったガスパチョも、素敵な器に入れていただいて嬉しかった

食卓もにぎやかだったけど、みんなもにぎやかで、美味しいお料理をいただきながら、笑いが絶えませんでした。

f:id:nakamuranon:20190817124349j:plain

泣いているのではありません。笑いすぎて、みんなお腹が痛くなったり、涙さえもでてきたり(笑)

お腹がいっぱいになったあと、みんな揃って海にお散歩に行きました。

f:id:nakamuranon:20190817124622j:plain

台風の空がドラマチックでワクワクしました

f:id:nakamuranon:20190817124729j:plain

夏真っ盛りなのに、見渡す限り、誰もいない海

f:id:nakamuranon:20190817124916j:plain

f:id:nakamuranon:20190817125010j:plain

バリ風のテキスタイルのマツノリさんのワンピースが映えていました

みんなでおしゃべりするのは楽しい。そして、誰もいない海を一人で眺めるのもいい。

たった一日とはいえ、その両方を満喫できた充実の夏休み。

f:id:nakamuranon:20190817125351j:plain

ビーチハウスにいるのも私たちだけ

若い頃の楽しい夏の思い出は山ほどあるけど、すっかり大人になってから、それぞれの人生を語り合いながら、こんな風に過ごせるのも、本当に幸せなことだな~と思います。

ドレスコードを決めたわけじゃないのに、この日、それぞれが着てきた服が、どれもリゾート気分いっぱいのプリントだったことからも、視覚的な夏の気分が上がりました。

やっぱり服も大事よね。

f:id:nakamuranon:20190817125904j:plain

私のラップスカートは昔買ったラルフ・ローレン

f:id:nakamuranon:20190817130111j:plain

マツノリさんの光沢のある素敵なワンピースはハウスオブロータス

f:id:nakamuranon:20190817130235j:plain

よしみさんのスカートは、ニューヨークのハーレムのアフリカンショップで買ったものだそう

f:id:nakamuranon:20190817130340j:plain

夏梅さんが着てたのは夏の永遠不滅の定番柄、水玉

f:id:nakamuranon:20190817130559j:plain

八幡谷さんの涼し気なバンダナ柄も素敵でした

f:id:nakamuranon:20190817130723j:plain

ミチアキ君のTシャツのレース柄は、よしみさんちのインテリアにマッチしていました

とても素敵な、幸せな夏の一日を過ごさせてくれたよしみさんに感謝です!

この日は、終戦記念日。みんなが笑顔で過ごせるこのような平和な日々が、ずっとずっと続きますようにと、祈らずにはいられませんでした。

f:id:nakamuranon:20190817130943j:plain

 

nakamuranon 2019-08-17 13:10 読者になる

この記事をはてなブックマークに追加
広告を非表示にする
  • もっと読む
コメントを書く
2019-08-11

真夏の夜の一期一会

ニュース 友達

8月7日、狛江の花火大会が行われました。狛江の花火は三年ごとですが、去年は雨で流れたので、今年は四年ぶりの花火大会となり、その分、みんな期待大でした。

f:id:nakamuranon:20190811183053j:plain

友人たちと長束さん、むとうさんご夫婦のスイートハウスに呼ばれました。

二人はここに引っ越してきて初めての花火、多摩川の近くのマンションながらも、どこから打ち上げられるのかわからないので、大勢呼んだものの、「ちゃんと見えるかどうかわからないよ~」とちょっと不安そうでした。

f:id:nakamuranon:20190811183346j:plain

早々集まった友人たちと暮れてゆく空を眺めながら、ビールを片手に花火を待ちわびました。

f:id:nakamuranon:20190811183716j:plain

テラスにはこんな素敵なドームもあります。

空が真っ暗になった頃、いよいよ、花火開始!なんと、目の前に、お月様めがけてドッカ―ン!

ベストポジションだったことに一同、大興奮!

花火の写真は、このお家のご主人、長束芳彦さんが撮られたものを拝借して掲載。

f:id:nakamuranon:20190811184118j:plain

f:id:nakamuranon:20190811184154j:plain

f:id:nakamuranon:20190811184222j:plain

5000発の花火に向かって、打ち上げられるたびに、歓声を上げる人、最初から最後までじっと黙って見入っていた人、必死で撮影する人、反応はさまざまだったけど、誰の心も感動でいっぱい。

f:id:nakamuranon:20190811184501j:plain

これでもかこれでもかという花火が終わったあと、むとうさん手作りのお料理の数々が、やはりこれでもかこれでもかとばかりキッチンから運ばれてきました。

f:id:nakamuranon:20190811184721j:plain

冷やっこのバジルのせ。

f:id:nakamuranon:20190811184840j:plain

自家製ピクルス

f:id:nakamuranon:20190811184914j:plain

ミャンマーのスパイスを使ったエスニックサラダ

f:id:nakamuranon:20190811185051j:plain

テーブルも、空の華やかさにふさわしい華やかな色どりでした。

「毎朝、テラスの植物に水やりしてるだけでこんなに焼けちゃった」という小麦色の肌が似合うむとうさん、魅力的!

f:id:nakamuranon:20190811185508j:plain

まるで南仏か、カリブの島で撮ったような。

みんなで記念写真を撮ったあと、ご近所の坂巻さんのお家に集まっていた人たちも来て、またまた記念写真を撮りました。

f:id:nakamuranon:20190811185659j:plain

f:id:nakamuranon:20190811185720j:plain

花火、ありがとう!

楽しい夜を一緒に過ごした人たち、ありがとう!

そして、なんといってもみんなを幸せな笑顔にしてくれた長束さん、むとうさん、ありがとう!

三年後、またみんなで元気に集まろうねと誓い合ったのでした。

約束だよ!

先に帰る山田さんを玄関までむとうさんと見送りに行ったら、山田さんが「めでたい!」と撮ってくれた写真。

f:id:nakamuranon:20190811190143j:plain

たしかにめでたい紅白コンビ(笑)


 

nakamuranon 2019-08-11 19:02 読者になる

この記事をはてなブックマークに追加
広告を非表示にする
  • もっと読む
コメントを書く
2019-07-13

7月5日(金)中村のん×宮沢章夫トークイベント@銀座蔦屋書店

ニュース 本

「ファッションの街、原宿が誕生した時代、70年代とサブカルチャー」というテーマで劇作家の宮沢章夫さんと、銀座蔦屋書店でトークさせていただいてから早一週間経ってからの投稿です。

 

f:id:nakamuranon:20190712231118j:plain

この告知は『70s 原宿 原風景』の筆者の一人でもあるクールスの大久保喜市さんが作ってくださいました。

当日にならないとわからない来場者数でしたが、おかげさまで定員の50人以上の方がいらして立ち見もでるくらいでした。

実は銀座蔦屋書店さんからは、5月に出版する前からトークイベントのお話をいただいていたのですが、トークのお相手が決まらないままズルズル時間だけが過ぎていっていました。

ある日、宮沢章夫さんがナビゲーターを務められたNHK Eテレの「ニッポン戦後サブカルチャー史」のシリーズ10回分のアーカイブを改めて観ていたら(この番組は放送された2014年の時点で既に見てはいたのですが)宮沢さんのお話に引き込まれ、前にも読んでいた同タイトルの本を本棚から取り出して再読したら、ますます興味を引かれ、思い切って宮沢さんに、トークのお相手をお願いするメールをお送りしていまいました。

 

一面識もない宮沢さんでしたが、既に私の作った写真集『70’HARAJUKU』もお持ちだということで、快く引き受けてくださり、初めてお話するのはトークイベント会場でという流れになりました。

f:id:nakamuranon:20190712232618j:plain

後ろの写真は、野上眞宏さん撮影の表参道レオン前の写真(『70’ HARAJUKU』(小学館)

登壇した途端、お客さんたちを前に飄々とした口ぶりで「今日は殴り合いになるかもしれませんよ(笑)」と話し出した宮沢さんに客席もいきなり大笑い。

いきなりの変化球に、なんとなく頭の中に描いていた流れがぶっ飛び、そのあとも宮沢さんから投げられる変化球をなんとか受け止めたり、どこに飛んでくかわからない話題を軌道修正したりと、とても刺激的なトークになりました。

トークが始まった最初から最後まで大笑いする声が客席のあちこちから聞こえてきて、ハイスツールから見えるお客さんたちの表情は終始笑顔で、

「70年代は身体性の時代だったが、70年代の終わりから始まる80年代は記号化の時代だった」といったアカデミックな考察を述べながら、その中に突然、笑いの場を織り込んだり、嘘かホントはわからない面白ネタで惑わせたり、さすが「鬼才の劇作家」と言われるだけのことはある宮沢さんでした!

f:id:nakamuranon:20190712234226j:plain

後ろの写真は、石川武志さん撮影のセントラルアパート内のユージン・スミスとアイリーン・スミス

終わってから何人もの人たちから「いや~、いいコンビだった!」とか「ピッタリなコンビでしたね」等々言われたけど、ちゃんとお話したの初めてだし、コンビ組んだ覚えはないんですけど(笑)でも、みなさんに楽しんでもらえて嬉しかったです。

すべてインテリでありつつユーモアのセンス抜群の宮沢さんのおかげと感謝いっぱい!

70年代をまったく知らない世代の人たちが興味をもって来てくれたのも嬉しかったです。

f:id:nakamuranon:20190712234851j:plain

女優デビューしたばかりの二十歳のMioちゃん

f:id:nakamuranon:20190712234959j:plain

『ギャルとギャル男の文化人類学』(新潮新書)で、90年代の渋谷センター街の若者たちの風俗について書かれた荒井悠介さん。

たくさんの方たちが本を購入して下さり、サイン会の最後まで残ってくれた友人たち(男性4人)と銀座ライオンに行って、トークイベントの続きのような話ができたのもとても楽しかったです!

f:id:nakamuranon:20190712235355j:plain

右から『70s 原宿 原風景』編集DU BOOKSの稲葉さん、『70’ HARAJUKU』編集の尾崎さん、今回の本のエッセイの筆者の一人でもあるコピーライターの井上伸夫さん、私が宮沢さんの番組のアーカイブを観るきっかけを作ってくださったデザイナーの市川さん。全員が、この人がいたからこそ、本ができた、宮沢さんとのトークイベントができたと言える、大事な人たち。本当にありがとうございました!

 

nakamuranon 2019-07-13 00:00 読者になる

この記事をはてなブックマークに追加
広告を非表示にする
  • もっと読む
コメントを書く
次のページ
プロフィール
id:nakamuranon id:nakamuranon

スタイリスト&エッセイストの中村のんの日々、印象に残った出来事。

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる
このブログについて
検索
リンク
  • はてなブログ
  • ブログをはじめる
  • 週刊はてなブログ
  • はてなブログPro
最新記事
  • 2020原宿百景
  • 諸行無常の春2020
  • トウキョウ・ロック・ビギニングス「はっぴいえんど」
  • 茅ヶ崎で過ごした幸せな二日間
  • 色とりどりの食卓と誰もいない海
月別アーカイブ
  • ▼ ▶
    2020
    • 2020 / 12
    • 2020 / 4
  • ▼ ▶
    2019
    • 2019 / 12
    • 2019 / 11
    • 2019 / 8
    • 2019 / 7
    • 2019 / 6
    • 2019 / 1
  • ▼ ▶
    2018
    • 2018 / 12
    • 2018 / 9
    • 2018 / 7
    • 2018 / 5
    • 2018 / 3
    • 2018 / 2
    • 2018 / 1
  • ▼ ▶
    2017
    • 2017 / 12
    • 2017 / 11
    • 2017 / 10
    • 2017 / 9
    • 2017 / 8
    • 2017 / 7
    • 2017 / 6
    • 2017 / 5
    • 2017 / 4
    • 2017 / 2
    • 2017 / 1
  • ▼ ▶
    2016
    • 2016 / 12
    • 2016 / 11
    • 2016 / 10
    • 2016 / 9
    • 2016 / 8
    • 2016 / 5
    • 2016 / 4
    • 2016 / 3
    • 2016 / 2
    • 2016 / 1
  • ▼ ▶
    2015
    • 2015 / 12
    • 2015 / 11
    • 2015 / 10
    • 2015 / 8
    • 2015 / 7
    • 2015 / 6
    • 2015 / 5
    • 2015 / 4
    • 2015 / 3
    • 2015 / 2
    • 2015 / 1
  • ▼ ▶
    2014
    • 2014 / 12
    • 2014 / 11
    • 2014 / 10
    • 2014 / 9
    • 2014 / 8
    • 2014 / 7
    • 2014 / 6
    • 2014 / 5
    • 2014 / 4
    • 2014 / 3
    • 2014 / 2
    • 2014 / 1
  • ▼ ▶
    2013
    • 2013 / 12
    • 2013 / 11
    • 2013 / 10
    • 2013 / 9
    • 2013 / 8
    • 2013 / 7
    • 2013 / 6
    • 2013 / 5
    • 2013 / 4
    • 2013 / 3
    • 2013 / 2
    • 2013 / 1
  • ▼ ▶
    2012
    • 2012 / 12
    • 2012 / 11
    • 2012 / 10
    • 2012 / 9
    • 2012 / 8
    • 2012 / 7
    • 2012 / 6
    • 2012 / 5
    • 2012 / 4
    • 2012 / 3
    • 2012 / 2
    • 2012 / 1
  • ▼ ▶
    2011
    • 2011 / 12
    • 2011 / 11
    • 2011 / 10
    • 2011 / 9
    • 2011 / 8
    • 2011 / 7
    • 2011 / 6
    • 2011 / 5
    • 2011 / 4
    • 2011 / 3
    • 2011 / 2
    • 2011 / 1
  • ▼ ▶
    2010
    • 2010 / 12
    • 2010 / 11
    • 2010 / 10
    • 2010 / 8
    • 2010 / 7
    • 2010 / 6
    • 2010 / 5
    • 2010 / 4
    • 2010 / 2
    • 2010 / 1
  • ▼ ▶
    2009
    • 2009 / 11
    • 2009 / 10
わたしと明日のおしゃれなカンケイ わたしと明日のおしゃれなカンケイ

Powered by Hatena Blog | ブログを報告する

引用をストックしました

引用するにはまずログインしてください

引用をストックできませんでした。再度お試しください

限定公開記事のため引用できません。

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる