トウキョウ・ロック・ビギニングス「はっぴいえんど」
12月21日(土)夜9時~、WOWOW『ノンフィクションW TOKYO ROCK BEGINNINGS -日本語のロックが始まる「はっぴいえんど」前夜-』が放映されました。
「日本語のロック」はどうやって生まれてきたのか。
「日本語のロック」はどうやって生まれてきたのか。
その秘密の鍵は1960年代後半にある。
とするこの番組は、2016年12月に出版された君塚太さんの本『TOKYO ROCK BEGINNINGS』(河出書房新社)を元に、当時の音楽に精通する映画監督・堤幸彦さんと俳優・佐野史郎さんがタッグを組み、伝説のミュージシャンや関係者を半年にわたって取材して作られました。
インタビューの内容は、このブログでは割愛するとして、番組の宣伝に
と記されたこの完全再現のライブ映像について書き残しておきたいと思います。
なぜなら、この撮影の「はっぴいえんど再現衣装」のスタイリストを私が担当させていただいたからです。
1970年4月12日、文京公会堂で行われたライブに「ヴァレンタイン・ブルー」の名前で出演した細野晴臣、松本隆、大瀧詠一、鈴木茂の四人でしたが、このステージの途中で大瀧詠一が「今日から僕たち、はっぴいえんどです」と宣言。
堤さんからスタイリストの依頼を受けた瞬間、コアな「はっぴいえんどマニア」の友人たちの顔が目に浮かび、はたして、50年前の服を、タイトなスケジュールの中でどこまで再現できるかとドキドキしました。
再現の元となる映像も写真も残っておらず、当人のメンバーたちもこのとき何を着ていたか覚えていないとのこと。参考にしたのはもちろん、野上眞宏さんが撮影された当時の写真でした。
デニム類は古着やを回れば、なんとかなるかな、とも思いましたが、困ったのは、鈴木茂さんのこのタンクトップ。堤監督からの「茂さんのこのタンクトップだけはどうしても欲しい」というオーダーに、頭を抱えました。見つかりっこないもん(笑)
モノクロ写真しかないので色の検討もつかず、ここは友達だから!ということで、野上さんにお願いしてロゴのアップの画像を送っていただき、電話でお聞きしたところ、「生地はエンジ、ロゴは白だった。僕の記憶に間違いはない」ときっぱり。そこはやっぱり、ものをよく見ているカメラマンの記憶力。助かりました。
知り合いのグラフィックデザイナーにフォントを再現してもらい、テキスタイルデザイナーのシミズダニヤスノブさんに、写真をじっくり見てもらって、70年代当時のプリント製法で作ってもらったのがこのタンクトップです。
ちなみにジーパンやダンガリーシャツ等も、原宿の古着屋さんベルベルジンの藤原さんにアドバイスをいただいて、メーカーやモデル等もできる限り忠実に再現しました。
衣装を抱えて撮影現場の世田谷区民会館に着いたら、野上眞宏さんをはじめ、横浜赤レンガ倉庫での「70’sバイブレーション」を企画された(私もトークショーに出演させていただきました)山中聡さん、ナイアガラエンタープライズの坂口さん等々、知り合いたちが何人もいらしてて、嬉しいと同時に、はっぴいえんどに詳しい面々なので、衣装についてのご意見にドキドキしました。
衣装を抱えて撮影現場の世田谷区民会館に着いたら、野上眞宏さんをはじめ、横浜赤レンガ倉庫での「70’sバイブレーション」を企画された(私もトークショーに出演させていただきました)山中聡さん、ナイアガラエンタープライズの坂口さん等々、知り合いたちが何人もいらしてて、嬉しいと同時に、はっぴいえんどに詳しい面々なので、衣装についてのご意見にドキドキしました。
そして、鈴木茂さんと親しい山中さんからの話で、茂さんが世田谷区奥沢出身だったことが判明。「OKUSAWA」の意味が不明で、おそらく奥沢中学のバスケ部の当時のユニフォームと思っていましたが、なるほど!後日、この映像を見られた鈴木茂さんが喜んでらしたと聞いて、嬉しかったです。
収録された曲は『12月の雨の日』『春よ来い』の2曲でしたが、朝から晩まで何十回もテイクを重ね、佐野史郎さんの「はっぴいえんどの場合、そこは…」等々のチェックが、言葉はソフトながらも厳しくて(笑)佐野さんの「はっぴいえんど愛」がストレートに伝わってきました。
楽器や機材も当時使われていたものを出来る限り集めたそうです。
今回のこのお仕事は、深い思いをもってやらせていただきました。
この写真は、2011年4月に松本隆さんと一緒に、今はなき、青山円形劇場のクミコさんのライブに行ったときのものです。終演後、ロビーにいた松本さんのところにこのアルバムをもって一人の男性がやってきました。「サインをお願いします!」
松本さんのサインだけが欠けたアルバムでした。松本さんがサインをして全員のがそろったところで、私はすかさずこの1枚の写真を撮りました。
「これは貴重」と私が言ったら、「僕も持ってない。僕も欲しいくらい(笑)」と松本さんが仰ったことも忘れられません。
この四人のイラストの元となった写真も野上眞宏さんが撮影されています。
そして、この日から2年半後の2013年、大瀧詠一さんが突然この世を去られ、このアルバムもこの写真もさらに貴重なものとなりました。
もうすぐ大瀧詠一さんの命日、12月30日がやってきます。
今回の再現ライブでやった曲『12月の雨の日』は、松本隆さん作詞、大瀧詠一さん作曲です。この曲を聴くと、大瀧さんの突然の訃報にファンのみならず、日本中の音楽を愛する人たちがショックと悲しみに包まれたことを思い出します。
青春時代に出会って、自分に多くの刺激と喜び、そしてその後の成長に影響を与えてくれたものを語り継いでゆきたい、堤幸彦監督の思いに熱く共感しながらさせていただいた今回のお仕事に感謝します。
そして、撮影現場で出会った人たちも皆、その思いをもつ人ばかりだったことも仕事を超えたうれしさでした。
いつか、堤監督には、「ボヘミアン・ラプソディ」みたいな、はっぴいえんどの映画を作っていただきたいです!
最後に。今年、5月に私の編・著で出版した『70s原宿 原風景』(DU BOOKS)では、野上眞宏さんが、「セントラルアパート702号室とはっぴいえんど」というタイトルで、はっぴいえんどと共に過ごした青春の思い出を書いてくださっています。
念願の本の出版と、今年最後には、はっぴいえんどに関するお仕事と、大好きな時代、70年代と寄り添いながら過ぎていった2019年でした。
来年も、私に感動を与えてくれたものやことを語り継いでゆく役目ができることを祈りつつ、今年出会った方たちに感謝を送りたいと思います。
2019年12月28日 中村のん
★ 尚、この番組は、 1/2(木)午後4:00に再放送があるようです!
ノンフィクションW TOKYO ROCK BEGINNINGS
-日本語のロックが始まる「はっぴいえんど」前夜-