わたしと明日のおしゃれなカンケイ

スタイリスト&エッセイストの中村のんの日々、印象に残った出来事。

さようなら。ありがとう。幸福書房

代々木上原の駅前で、地元の人々に愛されてきた「幸福書房」が2018年2月20日をもって40年間の営業に幕を閉じました。

打ち合わせなどで幸福書房の並びにある「ファイヤーキングカフェ」や「ディッシュ」を使うことが多い私は、代々木上原に馴染みのない相手の方には必ず「改札をでて階段を降りたら、本屋さんのある側に出て、右に(または左に)」といった具合に場所を説明していたものでした。
若い頃からあった幸福書房は、消えることなんか考えられない、あまりにも「あってあたりまえ」のお店でした。

なくなると知った数日後、お店に行きました。
「さよならまであと5日」という看板に胸が締め付けられるような気持ちになりました。

さよならを惜しむお客さんたちの寄せ書きもありました。

店主のおじさんと弟さんは、次々にレジに来るお客さんにいつも通り、明るくキビキビ対応していました。
誰もが本を買いながら「寂しくなります」と言っていました。
もちろん私も言いました。
「仕方ないね。更新がきちゃったからね」とおじさん。

「閉めることが決まってから、来るたびに林(真理子)さんが泣くんだよね。こっちのほうがあっさりしたもんで」
林真理子さんの大ファンという方に言うそんな言葉も聞こえてきました。

代々木上原に住んでらしゃる林真理子さんは幸福書房に置かれたご著書1万冊にサインをしてこられたそう。
しかも本屋の娘として育った林さんにとって、幸福書房がなくなることは、身を切られるような思いであることは想像に難くないです。


この日はちょうど、幸福書房のおじさん、岩楯幸雄さんの初めての著書の発売日で、ホヤホヤの本がレジ前に平積みになっていたので当然買いました。
(長い間、何度も顔を合わせていたのに、おじさんのお名前が「岩楯幸雄さん」だったと初めて知りました)

挟んである栞に書かれた
「素晴らしいご縁に、心から感謝をしております。
長年のご愛顧、本当にありがとうございました。
2018年2月吉日
幸福書房 一同」
の言葉に泣きたい気持ちになりました。

閉店する日は予定が入っていたため、その前日にまた行きました。

読み終わったおじさんの著書を持ってってサインしていただきました。
「店のハンコも押しとくね」と。
明後日からは使う機会もなくなるハンコなのですよね。

そして、十数年前、私が初めての本を出版したとき、エッセイストの酒井順子さんがお祝いに下さった京都の和紙の老舗の便箋に書いた手紙をお渡ししました。あまりにも美しい便箋なので、もったいなくて使えなかったけど、本をこよなく愛する酒井さんが心を込めて下さった便箋、本をこよなく愛するおじさんに向けて、初めて使わせていただきました。

レジ前にはたくさんの人が並んでいました。
その一人一人と、いつもと変わらぬ明るさで話しているおじさん。

私は手紙をお渡ししながら、拙著「70’HARAJUKU」の出版直前にチラシとポスターを持って行ってお願いしたら「ああ、いいよ」とすぐその場で店頭に貼って下さったときのお礼をお伝えしました。

「ああ、覚えてるよ。あの本はよく売れたよね〜」と奥様に言いながら、ご自身の著書と私が持ってた写真集を両手に、快く写真に納まってくださいました。
青いエプロンは、小学館からプレゼントされたおじさんお気に入りのドラえもんのエプロンです。

翌日の最終日は、6時〜常連さんたちが集まったそうですが、11時を過ぎても別れを惜しむ人でいっぱいだったと、行った人から聞きました。

幸福書房のおじさん・岩楯幸雄さんの著書「幸福書房の四十年 ピカピカの本屋でなくちゃ!」から

お金の余裕はありません。ありませんけど、不幸ではないのです。
本屋の仕事ができることがなによりの幸せです。
今は夫婦で合わせて20万円のお給料をもらっています。交通費も出ないので、私は自転車で通勤しています。
でも、それで不幸せかというと、全然不幸せではないのです。(略)だからこそ、仕事がなくなってしまうのはとても寂しいです。
幸福書房を続けたい、それが本当の気持ちです。みんな、体も心も元気です。(略)だからといって、このタイミングで借金をしてしまっては、絶対に返せないことは目に見えています。

高校生の頃から本が大好きで、書店に就職してから独立して本屋を開くまでの経緯、お客さんたちの顔を思い浮かべながら本を仕入れていた気持ち、経営に関するお金の問題、おじさんの人生と、とても正直な気持ちが書かれた内容に胸が熱くなり、おじさんに書くことを勧められた左右社の編集者さんにも感謝したい気持ちになりました。

幸福書房の四十年 ピカピカの本屋でなくちゃ!

幸福書房の四十年 ピカピカの本屋でなくちゃ!



それにしても、町から個人商店の本屋さんが消えてゆくことは本当に寂しいことです。

幸福書房で買った本を隣の喫茶店、さぼーるでコーヒーを飲みながら読み始める、お決まりだったこのコースを今後できなくなると思うととても寂しいです。


岩楯さんの本によると、雑誌が年々売れなくってることが大きく影響したそう。
私自身を振り返ってみると、雑誌は幸福書房で買うことが多かったけど、それでも、昔は一気に5冊くらい買うこともあったけど、最近はと思うと、月に多くて三冊、まったく買わない月もあることに気づきます。

幸福書房に限らず、町の本屋さんがなくなることにメランコリックな気持ちになる人は多いけど、やっぱり本を買う人がたくさんいてこそやっていける商売、時代の移り変わりについて等々、色々考えてしまいます。



本の最後のほうに、岩楯さんの選書を置いたブックカフェを東長崎で開店する構想がワクワクした口調で書かれていたことにほっと嬉しい気持ちになりました。
オープンしたら駆けつけたいです!

「寂しくなります。ありがとうございました」とお伝えしたおじさんに、
今度は「おめでとうございます!」と言いたいです。