わたしと明日のおしゃれなカンケイ

スタイリスト&エッセイストの中村のんの日々、印象に残った出来事。

ゴローさん、さようなら。そして、イエローイーグルは永遠に。

原宿のゴローズは、70年代からの原宿のカリスマショップであると当時に、今もなお、表参道にはゴローさんのシルバーのアクセサリーを買うためにファン達が長い列を作っている店だ。
昨日、12月11日、ゴローズのオーナーであるゴローさんの葬儀と告別式が執り行われた。
元夫は、高校生の頃からゴローさんが一番の憧れの人で、ゴローさんの会社に入れたことは、彼にとって、大きなひとつの夢を叶えたようなことだった。
元社員だった元夫の、元妻として、そして、ゴローさんの昔の知り合いの一人として私も参列した。
お知らせのメールでは、お香典、供花は無用。そのかわり、ゴローさんと縁のあるものを身につけてきてくださいということになっていた。

斎場に行くと、ゴローさんがアトリエに飾っていたタペストリーやインディアンの服が飾ってあるコーナーが出迎えてくれた。私は夫が勤務していた当時のスタッフと待ち合わせして行ったので、彼女たちは「なつかしい。。。。」と言いながら、大きくため息をついていた。
祭壇は丘を模したような飾り付けで、ゴローズおなじみのイエローイーグルのマークが大きな花で作られていた。その中にインディアンの姿をしたゴローさんの写真があって、感動で胸がいっぱいになったけど、残念ながら撮影禁止だったので、思い切り、その風景を目と脳に焼き付けてきた。

葬儀の前日、私はゴローさんが作ってプレゼントしてくださった結婚指輪を、何十年ぶりに引き出しから出した。今の私の指には入らなかった。なので、ペンダントにしていった。これもやはりプレゼントしていただいたゴールドのフェザーと一緒にぶら下げた。

師匠であるヤッコさんこと高橋 靖子さんも、ゴローさんからプレゼントされたネックレスを着けてきていた。

70年代、ゴローズのマネージャーをしていたはるみちゃんとは30年振りくらいの再会だった。はるみちゃんは、ネックレスと指輪とイヤリングを着けていた。「当時も高かったけど、私は社員割引で買えたからまだまだいっぱい持ってる」と笑っていた。


70年代に高校生だった村野めぐみちゃんは、ゴローズでバイトして、そのあと原宿MILKに入社し、今は、ジェーン・マープルのデザイナーさんだ。今も仲良しなめぐみちゃんだけど、私は彼女がゴローズでバイトしてる頃に知り合った。そのめぐみちゃんが着けてきた指輪。

画家の真鍋太郎さんとコピーライターの藤原ようこさんのカップルは、インディアンスピリットを指針とした生き方を目指し、普段のファッションもインディアンテイストのお二人。
その太郎さんの胸元。

ようこさんの胸元。

とくさんは、70年代からゴローズと同じビルの3階にあったグラスに勤務していた人。初めて会ったとき、ゴローさんは30歳で、とくさんは25歳だったそう。ゴローさんのもっとも古い友達のひとりだ。とくさんは、さちさんとの婚約指輪をネクタイに通してきた。

シャビージェンティールのオーナーのさちさんは、日本で最初のクラブ、ピテカントロプスや、古着やのDEPTのオーナーでもあった人。とくさんもさちさんも、ゴローさんと同じく、原宿文化を盛り上げてきた人たちだ。
そのさちさんの胸元に光る2本のフェザーも、ゴローさんからプレゼントされたものだそう。「ゴローズのショップが忙しい日に、ゴローちゃんから手伝ってと言われて、販売に立ったら、その日、すごく売れて、そしたらゴローちゃんがくれたのよ」と言っていた。

お焼香に並んでる人たちは、そのほとんどがゴローさんのアクセサリーを着けてきていた。1人1人の胸元を見るたびに、涙が溢れた。


そして、今朝起きて。。。。
告別式ではなつかしい人にも会って、同窓会のようなテンションの上がり方にもなったけど、時間が経つにつれ、いろんな思いがあふれてくる。

結婚前、ゴローズのスタッフと、ゴローさんの友人たちと大勢で、車を連ねて福島に馬に乗りに行った。私は当時は恋人だった元夫の、ポンコツのワーゲンの助手席に乗って、大きなボリュームで音楽をかけてはしゃいでいた。

福島に着くと、寒い季節だったけど、インディアンジュエリーだけを身につけた上半身裸のゴローさんは、裸馬に乗って、長い髪をなびかせ、山の斜面の道なき道を一気に駆け上がって行った。その姿は本物のインディアンで、そこにいた全員が圧倒され、言葉を失った。
私の恋人は、一番気性の荒いロデオの馬に乗った。何度も振り落とされそうになりながら、最後まで乗り切った彼を、ゴローさんが褒めてくれた。私もなんだか、誇らしい気持ちになった。
ゴローさんとの思い出は、その後、結婚して離婚することになった人との、一番無邪気で楽しく、幸せだった時代とも重なる。
そして、あのとき行った福島は、何の不安もない美しい自然に囲まれた場所だった。
縦横無尽にいろんな思いが尽きないくて、胸がいっぱいの今。
なので、ブログもうまくまとまらない。

でも、最後にこのことだけは書いておきたい。

昨日、ゴローさんのアクセサリーを着けて行った同士と、阿吽の呼吸で語り合えたことから、あらためて、貴重な思いを分かち合える人たちとたくさん出会えてる自分の人生が愛おしく思え、天に向かって感謝したい気持ちになった。
おそらく、今、まさにイエローイーグルとなって、ゴローさんが羽を広げて飛んでいるであろう天に向かって。
ゴローさん、ありがとうございました。一生、忘れない。
そして、ゴローさんのスピリットに直接触れてきた友たちよ、これからもゴローさんの、イエローイーグルのスピリットを分かち合いながら、一緒に生きていこう。

ようこさんが送ってくれた映像。
うん、この姿は、きっと、今のゴローさんだ。泣けてくる。。。。
http://www.youtube.com/watch?v=LGwKAMf09NQ