西川美和新作『永い言い訳』にみる男と女
公開前から評判の西川美和監督の新作映画『永い言い訳』の試写に行ってきました。
いやもう、西川監督、凄い映画を作られたもんです!
まずはその一言。
で、書かずにはいられない気持ちでホットな感想をアップします。
映画はいきなり、本木雅弘さんが演じる主人公が髪をカットされているシーンから始まります。
カットしているのは深津絵里さん演じる妻。
そこでの夫婦の会話に(それなりに恋愛経験のある女性なら必ず)昔、付き合った男の顔が浮かんできたり、つい最近のパートナーの態度を思い出すことになるのではないでしょうか(はい、ネガティブな意味に。もちろん私もそうでした)。
売れっ子のタレント作家である主人公の衣川幸夫(きぬがささちお)は、文才と美貌を除けば、どうしようもない男といえます。
才能と人気があるから経済力もそれなりにあることでしょう。だから社会人としてどうしようもない人間ではないのだけれど、パートナーにとっては、最悪ともいえる男(と、深津絵里さん演じる妻・夏子を冒頭から自分に置き換えて思ってしまいました)。
逆にいえば、(世間からの評価に値する)才能と美貌と経済力があるからこそ、夫婦の関係性としては厄介なことになってしまうタイプの男な気がします。
インタビューで本木さんは
「最初にお話をいただいた時、初めて身の丈に合った役柄が巡ってきたのと同時に、そんな厄介な自意識をわざわざスクリーンに晒していいのかという不安も覚えました」
と、実に正直なことを語ってらっしゃいますが、もしも、この役が本木さん以外の方に巡ってきてても、どの役者さんも、同じことを思われるのではないかという気がします。
そう、この主人公の衣笠幸夫は、(客観性のある)男性なら誰もが鏡を見ているような気持ちになるのではないか?と思えるキャラクターなのです。
社会的には悪ではない、落ちこぼれでもない、でも、パートナーとなった女性なら誰もが「見たくなかった」「許せない」「最悪」と思ってしまう、男の情けなさ、狡さ、バカバカしいプライド、愚かなコンプレックス、笑っちゃうような自意識過剰、エゴ、甘え、弱さ、それらを2時間たっぷり、息もつかせぬ緊張感で見せてくれる本木雅弘さんの演技の凄さといったら!そして、可愛さ、素直さ、やさしさ、繊細さも。
これで本木雅弘の代表作は書き換えられるだろう、日本アカデミー主演男優賞ノミネートは間違いないだろう、勝手にそこまで思ってしまいました(笑)
そして同時に、そんな主人公の行動と感情に寄り添いながら、元夫をはじめとする、自分が関わってきた(つい関わってしまった(笑))男性や、友達の元彼や元夫までもを動員して、いろんな男の顔やエピソードが浮かんできて大変でした(笑)
本木さんだけでなく、友人役の竹原ピストルさんの、主人公と対照的な素朴で単純な存在感、衣笠(ペンネーム・津村啓)のマネージャー役の池松壮亮さんの感情を秘めた繊細な演技も素晴らしいのですが、なんといっても、子役の藤田健心君と、白鳥玉希ちゃんの、演技なのかその場のアドリブなのかの判別がつかない自然さに驚きました。
この二人を起用して、このように演出されただけでも、西川監督の手腕の凄さを感じます。(ちなみに、子役を起用されたのははじめてだそう)
面白いな〜と思ったのは、単純な男である竹原ピストルさん演じるトラック運転手の大宮陽一といい、受験を目指して勉強中の頭のいい小学6年生の陽一の息子の真平君までも、登場する男たち全員が、「情けない面」を大いに抱えているのです。
ところが、深津絵里さん演じる夏子といい、夏子の美容院の共同経営者の琴江といい、幸夫の愛人である黒木華さん演じる智尋といい、幼稚園児の灯(あかり)ちゃんまでもが、女は(心に哀しみは抱えていても)凛として、潔く、言うこともやることも(同性として拍手を送りたくなるほど)カッコイイのです。
私たち女は、男の情けなさ、ふがいない面を見る機会が度重なると、「こんな男にいつまでも付き合ってるのは人生の無駄!」とばかり、さっさと出てゆく、あるいは、人生からお引き取り願う方向に舵を取りがちですが(笑)、西川監督の愛にあふれた、慈悲の心さえもが込められた描き方に、女性・西川美和の器の大きさに尊敬の念があふれ、また、自分のしてきたことを反省したくもなってきたのでした(笑)。
世の常識では「男は単純」ということになっているけれど、いやいや、けしてそう言い切れるものではないのですね。(この年になってわかっても遅すぎるかもではありますが(笑))
9か月にわたる撮影の中で、変化してゆく主人公の髪型(冒頭、ヘアーカットのシーンから始まるだけに、この髪型の変化の意味は大きいです。女性監督ならではの描き方だと思いました)、
映像に静かに寄り添う音楽の美しさ(音楽を担当したのが、親しい友人である加藤ミチアキさんであることが嬉しい)、
メインビジュアルを担当された上田義彦さんの独特の空気感の写真のせつなさ、
痛いほど、むき出しの感情を描いた映画でありながら、全体を流れるトーンがこれほどまでにやさしいのは、西川監督のみならず、才能ある「やさしいひとたち」が関わったから、そんな気がします。
昨日、観たばかりのホットな気持ちで感想を書こうと思うと、きりがありません(笑)
試写室をでてすぐ書店に飛び込み、西川美和著の原作『永い言い訳』の文庫も買ってしまいました。
- 作者: 西川美和
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2016/08/04
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最後に。
私は西川監督の『ゆれる』も5回くらい観てきていますが、
西川美和さんのお顔も好きです。
以前、西川監督の映画に出演された役者さんのマネージャーさんから、
「最初の打ち合わせの時、西川監督のお顔を知らなくて、目の前にいるのは共演する女優さんだとばかり思ってたら、監督と知って驚いた」と聞いたことがありますが、
(お会いしたことはありませんが)見た目も、心も、美しい方なんだと想像します。見た目の美しさは、写真を見ればわかりますが、心の美しい人でなければ、こんな映画は作れないですもん。
女性にとっては、「男」という存在が、愛おしく思えてくる映画、
男性にとっては、「ああ、俺だけじゃないんだな…」と思える作品かも(笑)
ともかく、幾重にも重なる人間の心のひだをすくい取った、人に対するあたたかいまなざしで描かれた、深い、深い、必見の映画です!
10月14日、公開!
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