わたしと明日のおしゃれなカンケイ

スタイリスト&エッセイストの中村のんの日々、印象に残った出来事。

アニエスベー初の長編映画 『わたしの名前は・・・』

雨の今日、気分もなんとなーく重たい中、自然と足が向いてしまった映画『わたしの名前は・・・』

ファッションデザイナー、アニエスベーの監督作と期待していったら裏切られること間違いない。
フランス映画はもとより、アメリカ映画でさえ、とくに凝った衣装じゃなくても、さりげない日常着がなんとなくオシャレに見えるのは映画のお約束。
ところがこの映画、アニエスが持ち前のファッションセンスを敢えて完全にブロックしたかと思うほど。

リエーター支援やコレクターとしても有名なアニエスベーだけれど、そういった部分とも一線を画した作りに、本名のアニエス・トゥルブレを監督名とした意気込みと覚悟を感じた。
ファッションがオシャレじゃない代わりに、ロードムービーとして描かれる中での空や海、そして光、風景のせつないほどの美しさは、アニエスベーのDMや、転写プリントのTシャツなどでもおなじみのセンス。
そして、クラシックからソニック・ユースオルタナティブサウンドを使った音楽も実にアニエスらしいセンス。


そして、一点、スタイリストの立場で印象的だったことを書いておきたいと思います。
娘が行方不明になったと知らされるシーンでの母親。
彼女が着ている小花プリントのシャツは、実に平凡なものなんだけど、スレンダーな体の薄い胸にポツンとある乳首が、何度も洗濯してきたと思われるシャツの上にそれとなく浮かび上がっていて、彼女がノーブラなことはもちろん、生活感やら、女としての彼女の存在感やら、いろんなものが、このシャツを着た姿から透けて見えるような感じで、人に服を着せてきた人ならではの、そして、女性監督ならではの、さりげないけど細やかな演出のセンスを感じたのでした。
そして、けっしてファッショナブルな映画じゃないけど、このようなセンスが、随所に盛り込まれていることを、付け加えておきたいと思います。



登場人物は、主人公の12歳の女の子をはじめとして誰もが、行き場のない、人生の憂鬱と葛藤、そして絶望を抱えている。人々がときおり見せる笑顔はあるものの、けっして人生謳歌には至らないストーリー。

【「装苑」10月号で紹介された記事】

「フランス映画にありがちな、リアリスティックな社会派映画にはしたくなかったし、いつの時代かはっきりしない、寓話的な雰囲気を出したかった」
「父親を断罪するような映画にはしたくなかった。彼をモンスターとしてではなく、苦しんでいる人間として描きたかったの」(記事のインタビューより)


雑誌ELLEのスタイリストから始まって、デザイナーとして安定したキャリアを築き、女性としても、19歳で双子を出産し、再婚相手との間にも子供をもうけ、多くの人に愛され、羨ましいほど人生を最大限に楽しんでいる印象のチャーミングなアニエスベーが、初の長編映画で「人生の秘密」をテーマとし、「暗い」ストーリーを選んだことに、個人的にとても興味を感じました。

フランス映画だけど、恋愛が一切からまない、でも、痛いほどにせつない、世代の離れた、言葉が通じない二人の、魂と魂の出会いのピュアでシュールな愛の物語。

誰にでも勧められる映画じゃないけど、好きな人にとっては、ずっと心に残る映画だと思う。憂鬱な雨の日にピッタリの映画でした。

アニエスベーの創立40周年にあたる今年。
映画を観て、さらにアニエスが好きになり、今まで知らなかったアニエスの深さに触れることができた気持ちにもなったのでした。

【予告編】

https://www.youtube.com/watch?v=zqcQJWAqnNA

渋谷アップリンク等で上映中(12月初旬まで)です。

http://www.uplink.co.jp/movie/2015/39470